100本映画

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日本人ならば日本人にしか撮れない映画を撮るべきである

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小松左京の小説”復活の日”を、深作欣二にメガホンをとらせ、草刈正雄が主役を演じ、日本を代表するプロデューサーである角川春樹が30億円かけて映画化したらどうなるだろう?」という純粋な気持ちを形にしてしてしまったのが、今回取り上げたい残念な作品『復活の日』(1980)である。

 1983年。感染したらどんな生物でも死に至らしめるウイルス”MM-88”が、ひょんなことから世界中で大流行。生き残ったのは南極観測隊ほか900名弱のみであり、人類は存続の危機に立たされてしまった。そんな中、日本の地質学者ヨシズミ(草刈正雄)がアメリカはワシントンでの巨大地震を予測してから、事態は大きく変化してゆく…。

 あらすじだけは面白そうだが、悲しいかな全く面白味のない作品に仕上がってしまった。

 では、何がこの作品をつまらなくしているのか? 

 その理由としてまず挙げられるのは、深作欣二が監督である必要性が皆無であるということである。僕のような「深作欣二だから観た」ような人間は同じ意見であると信じたい。2時間30分という決して短くない時間の中で、僕が深作欣二作品に求めるものを全く感じることができなかった。終始つまらない説教を聴かされるような映画なのである。

 また、南極やペルーでの撮影も理解できない。”リアリティ”というのは映画の格を上げる便利な言葉であるが、実際に南極で撮影したからといって”リアリティ”のある作品になるとは言えないだろう。そこに金をかけるくらいならば、日本人俳優の英語教育に回してもらいたかった。草刈正雄の滑らかな英語がその他の日本人役者の英語の拙さを強調してしまうため、外国人出演者たちが彼らの英語を理解できているのか疑問に思うほどだ。

 これは僕の予想でしかないが、角川春樹氏は「金をかければ日本もハリウッド映画と遜色ない映画をつくることができる」ということを証明したかったのだろう。ちょうど公開された当時は、スピルバーグジョージ・ルーカスらがハリウッドの潤沢な資金をもとに質の高い映画を次々と公開していたから、ハリウッドに対する対抗心のようなものがあったのかもしれない。しかし、ハリウッドの映画術だけが映画だけではないのは明らかである。日本人であるならば、日本人にしか撮ることのできない映画を撮るべきであり、この『復活の日』のような映画はいくらでもハリウッドに撮らせておけばいいのだ。

 僕は深作欣二作品をより深く理解したいと思っている。しかしながら、この『復活の日』をどのような視点で見てよいのかわからない。非常に悔しいので、ぜひどの点を観ればよいのか教えてもらいたいものだ。