100本映画

目標ー今年の夏に100本映画を見る

クリストファー・ノーラン(2014)「インターステラー」

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またノーラン監督作品です。近未来SF冒険物語。純粋に面白かったです。まあ、家族みんなで見れるファミリー映画っていう感じですね。確かに映像は凄まじかったですし、きちんと信頼のできる研究データに則って緻密に描写されているんだろうなという印象は受けました。なんですけど、じゃあこの映画を見てなにか心に残ることがあったかというと、何も残らなかったというのが正直な感想ですね。強いて言うとすれば「愛の尊さ」かな? うーん、こういうアドベンチャー映画って言うことなくて非常に困るんですよ。

 僕は全くこういう「映画体験的映画」を否定しているわけじゃないんです。「映画体験的映画」とは、つまり、映画という芸術のみ有する「映像」の視覚効果をふんだんに盛り込んで観客を興奮させることを主眼とする映画、たとえば「ジュラシックパーク」とか「パイレーツ・オブ・カリビアン」とか。要するにアクション映画とかアドベンチャー映画とかですね。観てるだけならいいんです。そうなんですけど、アクションの面白さとか、アドベンチャーの面白さを文章で表現するのってほぼ不可能ですから、さらにそれらだけで構成されているような映画についてなにか書けることって全く無いんですよ。だから全く内容がないままここまでつらつらと書き連ねているわけなんです。 ただ今回こうやって考えて文字にすることでアドベンチャー映画のコメントって書きにくいなということがわかったので、良かったということにしておきましょう。

 あ、でも、「愛があるところに救いがある」みたいな演出は良かったと思いますよ。

ヴィンセント・ミネリ(1953)「バンド・ワゴン」

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 50年代初期のミュージカル映画はMGM一人勝ちの時代だったという話をよく耳にしますが、この「バンド・ワゴン」は星の数ほど作られたこの時期のミュージカルの中でもひときわ傑作とされています。数日前に書いた「雨に唄えば」も同時代のMGMの傑作の一つであり、いかにMGMがノっていたのかがわかりますね。

 結論から書きます。めちゃくちゃ面白かったです。MGMのディーツとシュワルツによる名曲の数々はあえて言う必要もないですし、役者もみな魅力的です。トニー役のフレッド・アステア、レスター役オスカー・レヴァント、リリー役ナネット・ファブレイ、ガブリエル役のシド・チャリシーコルドバ役のジャック・ブキャナン。全員すばらしいです。

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 素晴らしさを列挙すればキリがないんですが、なんといっても「ザッツ・エンターテインメント」の素晴らしさたるや!! 当時絶好調だったMGMだからこそこんなタイトルの曲を堂々と作れたんでしょうね。だって想像してみてください。会社でも何でも、「俺が見本を見せてやる」という時に限って失敗してしまうものですよね。それがまったく嫌味を含まずに一つのミュージカルナンバーとして成立させているわけですよ。こうやって書きながら、「ザッツ・エンターテインメント」の素晴らしさを文章にできないもどかしさに悶絶しています。ああ、素晴らしかった。ミュージカル映画かくあるべし、というような映画ですね。

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 この「ザッツ・エンターテインメント」は本作で2回歌われます。ジャックがトニーを「現代版ファウスト」に誘うシーンと、ラストシーン。有名なのは前者ですが、僕はラストシーンにおいてこの曲を使い観客に別れを告げるという演出に痺れました。この曲の最後の最後、上述した5人が「お別れは哀しいけれど、それが舞台。それがエンターテイメント」と歌ってこの映画は終わります。月並みと言ったらそれまでなんですけど、いいフレーズですよねえ。ああ、終わってくれるなと本気で思ってしまいますよ。

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見事でした。

フェデリコ・フェリーニ(1963)「8 1/2」

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 映画史をかじると必ず出てくるフェリーニ監督。映画の配役やストーリーが決まり切らない監督の苦悩を描いた作品。「人生はお祭りだ。一緒に過ごそう」というフェリーニ自身を象徴するようなセリフで有名です。

 どうしてこの映画を観ようと思ったかというと、この映画とストーリー展開が似ているとされるボブ・フォッシーの「オール・ザット・ジャズ」をちょっと前に観まして、上映後しばらく動けなくなるほど感動してしまったからなんです。何だこの映画はと思っていろいろと調べてみると、実はこの「8 1/2」に似ているということがあったので、これは観なければいけないと思ったということなんです。

 正直な感想を言うと、よくわからなかったです。もっと何回も何回も見なおして初めてわかる映画なんだと思います。僕にとって初めてのフェリーニだったからかもしれませんが。どこまでが主人公グイドの現実で、どこまでが幻想なのかがはっきりしない部分が多いんですよ。まあ、それがこの映画全体に根ざしているペシミズムをより強調する一因になっているんだと思います。

 その点「オール・ザット・ジャズ」は現実と幻想がはっきりとしていました。身体的に衰弱してしまっている現実と、誰にも邪魔されずにやりたいことを出来る幻想をはっきりと区別することで主人公ジョー・ギデオンの幻想がよりいっそう虚しく、哀れなものになってくる。そして、自らの死の瞬間にギデオンは幻想の世界において初めて最高のショーを完成することができたわけです。

 「8 1/2」と「オール・ザット・ジャズ」は制作された時代が全く違うのでこのように比べること自体ナンセンスだとわかっていますが、結果僕は「オール・ザット・ジャズ」のほうが好きですね。現実と幻想という共通したテーマにおいて、それをはっきりと対比させる。そうすることでより幻想における「死に対する恐怖を超越した人間」というものをハイライトする効果があるわけです。

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今は現実? 幻想?

 なんだか「オール・ザット・ジャズ」評論みたいになってしまいました。

ヴィットリオ・デ・シーカ(1948)「自転車泥棒」

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 イタリアのネオレアリズモを代表するデ・シーカ監督の一作。この映画、幸福な映画ではないですし、主人公が善人であるというわけでもないんですが、だからといって決して不幸な映画でもない深く考えさせられる映画でした。

 簡単なあらすじを書いておくと、家族を養うために必要な自転車を盗まれてしまった主人公。街中を探すが結局見つからず、追い詰められた彼は自分が自転車泥棒に手を染めてしまう。彼は結局捕まってしまうが、自転車の所有者の慈悲により訴えられずに済むというもの。あらすじだけ読むと、哀しい男の話という風に感じてしまうんですけども、ここで重要な点は最後に主人公の罪が赦されるという点にあると思います。そもそもネオレアリズモというのはファシズムに対抗する文化的抵抗の流れです。ファシズムというのはつまり全体主義。国民の権利が国家によって制限される国家のあり方です。この映画では、主人公は自転車泥棒を必死に探すわけですが、町中の人々が自転車泥棒を匿うので、なかなか追い詰めることができない。ここにおいて、「町の人々」は国益のためなら犯罪をも認めるファシズム国家を暗示していると考えられますし、そもそもイタリアをここまで貧しい国にしたファシズム政権に対する批判も含まれているとも考えられます。ですが、「町の人々」は最後まで悪の象徴かというとそうではないんです。気の迷いから自転車を盗んでしまった主人公は、「町の人々」に羽交い締めにされてしまいます。その父親を見てしまった息子は、父親を助けるために「町の人々」に向かっていきます。父親である主人公と息子とをつなぐ「愛」を感じた「町の人々」は主人公を赦します。ファシズム敗北の瞬間と解釈することもできるでしょう。リアリズム、現実主義というとどうしてもテーマが暗い映画になってしまいがちです。この映画も、表面的に解釈すればただの哀しい現実主義的映画ですが、深く考えてみると「親と子の愛」や、「イタリア人はどうあるべきか」ということを問うた映画であるとも考えられるんじゃないでしょうか。

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 蛇足ですが、ブルーノ(息子)めちゃくちゃ可愛いかったですね。ブルーノだけでも観る価値あると思いますよ。

ヤン・デ・ボン(1994)「スピード」

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 今回はオランダ出身で松田優作の「ブラックレイン」などで撮影監督を務めた後、映画監督に移行したというヤン・デ・ボン監督作品「スピード」。またちょっとキアヌ観たくなったので観てみました。

 他の出演陣も地味に豪華です。「ゼロ・グラビティ」のサンドラ・ブロック、「イージーライダー」のデニス・ホッパーデニス・ホッパーってこんな”普通”の役もできるんですね。

 こういういわゆる「B級低予算映画」って頭を空っぽにして何も考えずに観るのが一番なんですが、この映画におけるマスコミの描き方について、日本のマスコミにも当てはまる何か普遍的なものを感じたのでここに書いておこうと思います。

 この映画は、警察官キアヌ・リーブスと爆弾魔デニス・ホッパーの対決を描いたもの。「時速80キロ以上で走り続けなければ爆発する」ように仕掛けられたバスに乗り込み、乗客を助けだそうとするキアヌですが、バスから逃げようとする乗客の一人が爆発によって死ぬと、マスコミの報道によって彼の行動がデニスに筒抜けになっていることに気づくわけです。そこでキアヌはマスコミに「カメラを止めろ!!」と叫ぶ。このシーンから、なんとなく監督が言いたいことがわかる気がするんです。もちろんマスコミ側にも彼らなりの正義がありますので、どちらが正しいとは断言することはできません。しかしながら、行き過ぎた報道精神は時として暴力になる。最近のマスコミのやり口に対してそんなふうに僕は思うわけです。

 あと、映画の内容とは関係ないですけど、キアヌの髪型ってもうちょっと長めのほうが良かったんじゃないかなって思います。この映画の短髪も悪くないですけどね。

ジーン・ケリー(1952)「雨に唄えば」

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 本作は非常に有名なハリウッドのミュージカル。名優ジーン・ケリーが「雨に唄えば」を歌うシーンなんかは、様々なメディアで見かけることが多いので、あたかも観たような気になってしまっていたんですが、今回が初めてでした。観ながら思ったことを書き連ねていこうと思います。

 ひとつ痛感したのは、完璧に悪役をこなせる役者さんってやっぱりすごいということ。この映画でいうと悪役はリナ役のジーン・ヘイゲン。映画だとわかっていても、彼女が演じるサイレントの大女優リナの一挙手一投足はめちゃくちゃ腹立つんですよ。エゴイスト、ナルシストの塊とでもいいましょうか。でも映画のラストで彼女は思いっきりコケにされ、笑われる。我々観客も、溜飲が下がる。そんな役ってよほどの覚悟がないとできないですよね。はじめは彼女に本気で怒りながらも、後々冷静になって考えてみれば、この女優さんはどれだけ体を張って芝居をしているんだという気になってくるわけです。現実と虚構の区別がつかない人って多いですからね。有名な映画の悪役ってだけでその役者のイメージが悪くなることは大いにあります。しかも、彼女の”名演”によって僕達観客はフィクションであることさえ忘れてムカムカしてしまうわけですから。改めて”名”悪役の凄さを感じた映画でした。

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 あと、本当かどうかは実際に聞いたことがないのでわかりませんが、百貨店などで、店内の従業員に雨が降りだしたことを知らせる時のBGMはこの曲だそうで、なるほどそんなおしゃれなことをやるところもあるんだなと思いました。それと、この映画のもう一人の監督にはスタンリー・ドーネンという方がいますが、長くなってしまうのと、ジーン・ケリーが監督もしてたのかという衝撃からタイトルには書いてません。ドーネンさんごめんなさい。

フランシス・ローレンス(2005)「コンスタンティン」

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 フランシス・ローレンス監督のDCコミック原作、痛快キリスト教アクション。テーマがテーマなんで前知識があったほうが楽しめますが、面白かったです。

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 僕はこういう真面目に馬鹿をやっている映画こそ日本が作るべきだと思うんです。何が馬鹿かって、地獄と天国を「これだ」と言わんばかりにがっつり描いてますし、ガブリエルとかルシファーとか出てきますし。キリスト教、特にカトリックってこんなにダイレクトに描写してよかったっけ? って思うくらい大胆にやっちゃってるんです。自分たちが信じている神様とかって、畏れ多くて特に本作みたいなアクション映画とかにテーマとして持ってこれないと思うんです。そういう聖域みたいなところにずかずかと入り込んでいける唯一の民族が日本人なんじゃないかなと。なのでそういった意味ではやられたなと。ここまで思いっきりやられちゃったら、そら文句言えません。

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召されるキアヌ

 さて、この映画の簡単な流れは、過去に自殺を図ったことで地獄行きが決まっているエクソシストのジョン・コンスタンティンキアヌ・リーヴス)が、ドッドソン(レイチェル・ワイズ)の依頼を通して成長し、神の赦しを得て地獄行きを免れるまでのサクセスストーリー。ジョン・コンスタンティン(John Constantine)のイニシャルJ.Cは明らかにキリスト(Jesus Christ)を意識させるもので、コンスタンティンが特別な存在であることが暗示されているっていうわけですね。

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 しかしキアヌ・リーヴスはかっこいいですね。なんといっても『マトリックス』。あれはすごかった。それと蛇足ですが、彼は『JM』という映画で北野武と共演しているんです。この映画でもいい役で出てました。SFものなんですが、ウィリアム・ギブスンという80年代ごろに活躍したSF作家の小説が原作で、『ブレードランナー』とか好きな人にはお勧めです。